第66章 善と悪
「その様子なら大丈夫そうだ」
「・・・・・・?」
彼はその手をパッと離し、私に背を向けて。
何だったのか、と唖然としながらその背中を見つめながら、掴まれていた腕にそっと手を触れさせた。
「痕を残してしまったことは、悪く思っている」
「・・・!」
それを聞いて、彼が肩の撃たれた傷を気にして来たんだと気が付いた。
確かに今となっては、もうとっくに痛みは引いているし、傷も大したことは無くなっている、が。
「・・・別に、私は赤井さんを庇った訳じゃありませんよ」
「それでも、君を傷付けずに済んだ方法があったかもしれないだろう」
それは・・・どうか知らないけれど。
あの時の零は冷静さを失っていた上、相手が赤井さんでは・・・。
「・・・傷の確認の為だけに、ここへ来たんですか?」
「いけなかったか?」
そんなの、勿論。
「当たり前です」
ここは、零が借りている事務所だ。
彼がこの事実を知ったら、どうなってしまうか。
「用が済んだなら出ていって頂けませんか」
「そうはし難いな」
向けていた背中を返し、ソファーに座る私の目の前に再び立つと、ポケットに手を突っ込んだまま私を見下ろし、そう言い放った。
「言っただろう、君を守るように言われているのだと」
「それは母からのお願いですよね?私からはお願いしていません」
真っ直ぐに見つめれば、彼も負けない強さで真っ直ぐ見つめ返してくる。
獲物を捕らえて離さないような眼差しに、段々と気持ちは弱ってなってくるようだった。
「俺の意思だと言えば良いのか?」
その質問で、やはり彼は自分の意思で動いていなかったのだろうかと思って。
だから時に沖矢さんを使っていたりもしていたのか、とも。
・・・仮に彼の意思がそうだとしても。
「今の私には必要ありません」
今の私には・・・
「透さんがついていますから」
弱ってきていた気持ちは、口にしたその言葉で強さを取り戻して。
「そうか」
意味深く笑いながら一言だけ漏らすように吐くと、黙って玄関へと向かって行った。