第66章 善と悪
「・・・!」
梓さんをジッと見過ぎていた為か、零は私の視線の間に入ってきて。
私に背を剥ける形で梓さんに近寄ると、何かを話している様子だった。
気にしてはいけない。
目で追えば、ボロが出る。
そう思い、そこからそっと視線を外して。
無意識に目がいったのは、沖矢さんに手帳を渡している高木さんの様子だった。
そう多くはないと言えど、一人一人に書いてもらうのは中々大変だろうな、と脳裏で考えながら様子を見ていると、書き終わったそれを高木さんに返していて。
「左利きなんですね?」
その瞬間、梓さんと話していたはずの零が、沖矢さんに話し掛けていた。
一瞬、その姿を見間違えたかと思い、話していた梓さんにも視線を向けるが、彼女もまた零の様子を見ているようで。
どうやらその姿に間違いは無いようだ。
「ええ、まぁ。いけませんか?」
さっきの零の質問に、沖矢さんは淡々と答えた。
そういえば、沖矢さんは左利きだったような気がする。
でも、そんなの気にした事なんて無くて。
「いえ。以前お会いした時に右手でマスクを取られていたので、右利きだったのかと」
・・・マスク、と言うと、まだ私が彼を公安警察だと知らなかったあの時の。
そんな事まで覚えているのかと、彼の記憶力に恐怖の震えさえ起きてきた。
「そうでしたか?」
「まあ、気にしないでください」
とぼけている、と言えば、そうにも見えた。
けれど、これにとぼける必要もあるのかとも思えた。
ただ、零にとっては重要なことのようで。
それは彼の、段々と鋭くなっていく目付きが嫌でも教えてくれた。
「殺したい程憎んでいる男が、左利きなだけですから」
そう言う彼の目が言葉通り殺意で満ち溢れていて。
まだ彼を、赤井秀一だと思っているんだ、と思った。
もし・・・もし仮にそれが本当ならば。
零は、沖矢さんを・・・赤井秀一を、本当に・・・?