第66章 善と悪
「・・・透さん?」
顔を覗き込みながら名前を呼ぶが、返事は無い。
目の前にいるのに、まるで私は見えていないように。
「・・・透、さん・・・」
その表情は、怒りも、悲しみも、絶望も感じるようなもので。
何かを見ている訳では無い。
恐らくどこも見てはいない。
それにどこか不安を覚え、自然と彼から半歩距離を取っていた。
「あの、すみません」
「!」
背後から高木さんに話し掛けられ、すぐさま振り返ると、何故かその手には手帳とボールペンが握られていた。
「波土さんの胸ポケットに『ごめんな』と書かれたメモが見つかりました。筆跡鑑定をしますので、如月さん達にもこの文字と名前を、書いて頂いてよろしいでしょうか」
「あ、はい・・・分かりました」
その胸のポケットに入っていたのであろうメモをこちらに見せながら、そう指示をされて。
高木さんから手帳を受け取ると、言われた通り『ごめんな』の文字と名前を書いた。
「・・・透さん」
次は彼の番だから・・・と思い、体を軽く揺するようにして呼び掛けるが、それでもこちらに意識は戻ってこないようで。
その姿はどこかこちらの不安を増幅させたが、何とか落ち着けようと一度大きく深呼吸をした。
「透さん・・・っ!」
「・・・!」
今度は大きく体を揺すり、声も少し張り上げて名前を呼んだ。
そこでようやく彼は、私を視界に入れてくれて。
「・・・すみません、何かありましたか?」
やっぱり、聞いてはいなかったんだ。
そう改めて感じ直すと、高木さんから受けた指示を伝え直した。
それを聞いた彼は納得すると、私から手帳を受け取り名前を書いて、それを梓さんへと手渡した。
スラスラと名前を書く彼女を見て、名前くらいは調べ上げ済みなのか、と少し恐怖を煽られもして。
・・・今更ながら、梓さんには本当に被害は無いと信じて良いのか、という不安も同時に煽られた。