第65章 不行跡
「・・・っ!?」
開きかけた引き扉は、誰かの手によって押し戻されてしまって。
驚いたと同時に、反射的な動きでその主へと視線を動かした。
「どちらへ?」
そう声を掛けながら詰め寄ってきたのは、沖矢さんだった。
「・・・帰るんです」
「では、僕がお送りしますよ」
・・・何を言っているんだろうか、この人は。
零がいるのに、よくそんな事が言える度胸があるなと、関心さえする。
「結構です」
そう言って再び扉を開こうとするが、扉に押し付けられた彼の手は退いてはくれなかった。
「沖矢さ・・・っ」
「このエリアは危険だ。大人しく従っておいた方が良いと思いますよ」
文句を言おうと発した言葉は出ること無く、彼によって遮られた。
ただそれは、静かに、耳元で、何かを含んだように、私だけに聞こえるように話して。
「どう、いう・・・」
その言葉の真意を問おうとした時。
「随分と仲が良さそうですね」
「・・・!」
苛立ちを含んだ声色でそう言いながら、零がゆっくりとこちらに近付いてくる足音を感じて。
視線を向ければ、声色通りの苛立ちを隠した笑顔を貼り付けた彼の姿があった。
「れ・・・」
「ひなたさん」
彼の名前を呼びかけた時、それはわざとらしく名前を呼ばれて止められた。
今は降谷零ではない、と。
「僕の恋人に、何か用ですか?」
「おや、お付き合いを始めたんですね」
白々しく言う沖矢さんの姿は、零の怒りを逆撫でするには十分過ぎる。
相変わらず相性の悪い二人は、何故こうも私の目の前で鉢会うのか。
ため息を吐きたい口を閉じて一度それを飲み込むと、沖矢さんの事は気にせず、零の方へと駆け寄ってその腕を引いた。
少し離れたところまで彼を引っ張ってくると、沖矢さんとの物理的距離を取ることができたことに、一先ず飲み込んでいたため息を小さく吐いた。