第65章 不行跡
「あれ、梓さんも来たんですか?」
「ポアロじゃ興味無さそうだったのに」
私が声を掛けるよりも先に、蘭さん達がそう声を掛けて。
・・・いや、掛けようと思えば掛けられたのかもしれない。
けど、何故かそれができなかった。
「お店じゃ隠してたけど、私も大ファンなの!でね、ここへ向かう安室さんのアトをつけて来ちゃったって訳!」
そう言いながら、梓さんは零の腕に抱きついて。
それを見て何かを感じた心臓が、グッと締め付けられると同時に、苦しいくらいに大きく脈を打った。
・・・何だろう、この気持ちは。
嫉妬も、勿論ある。
けど、それだけじゃない。
何か・・・違和感のようなものを感じる。
「驚きましたよ、ここに入ろうとしたら彼女に呼び止められて。まあ、スタッフに事情を話して何とか入れてもらいましたけど」
そう話している間にも、零の目付きはどんどんと変わっていって。
更に心臓に負担がかかり、冷や汗が流れる。
色んな感情に押しつぶされそうになったが、今一番強く感じている感情は、紛うことなき恐怖だった。
「驚いたといえば、あなたも来ていたんですね。沖矢昴さん、と・・・」
一度間を作り、私へと視線を向け直して。
捕らえられたように動かなくなった体は、ただ呼吸をするだけの物になっていた。
「ひなたさん」
・・・笑顔が、怖い。
正確に言えば、それは笑顔では無い。
奥に潜んでいる彼の怒りが、痛い程伝わってくる。
言い訳にしかならないが、状況を説明して信じてくれるだろうか。
そう思いながら、今はただ視線を逸らすことしかできなかった。
「ご無沙汰してます、沖矢昴さん」
「どうも」
向かい合っているであろう、彼等の姿を確認するのも怖い。
動きの鈍くなってしまった体を何とか動かし、無意識にコナンくんの方へと近寄っていって。
何気無く向けた視線だった。
けれどそこには、コナンくんでは無く明らかに工藤新一の空気を纏って零達を見つめる、彼の姿があった。