第65章 不行跡
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「えぇっ!リハーサルが見学ができない?」
あれから数分待ったが、一向にリハーサルが始まる様子は無くて。
マネージャーを名乗る女性に園子さんが声を掛けると、そう返されたようだった。
「ごめんなさいね・・・。実はまだ新曲の歌詞が完成してなくて・・・ステージの上で誰もいない客席を眺めながら書くから、二時間一人にさせてくれって・・・」
二時間・・・か。
待つには少し長過ぎる。
できればコナンくんや沖矢さんが気にしていた『アサカ』という単語に関係する、新曲のタイトルについて聞いておきたかったが。
「こういう事って、よくあるんですか?」
「えぇ、偶に。ライブの直前に歌詞ができて、ぶっつけ本番で歌ったことも・・・」
「へぇ・・・」
園子さん達の質問に、マネージャーの女性は丁寧に教えてくれた。
一つ分かったのは、波土禄道というのはかなり自由な人間だということだけで。
「まぁ、彼の好きにさせてあげましょう。彼にとって今回のライブが、最後のようですから」
突然背後から大柄な髭を生やした男性が話に入ってきて。
その身長の大きさにびっくりしながらも、一つの単語に引っ掛かりを感じた。
「さ、最後って・・・」
「波土さんが引退するって噂、マジだったの!?」
蘭さん達も、気になった言葉は同じようだった。
ただ、彼が引退を考えていたという話は初めて耳にしたことで、私は同時にその言葉にも驚いた。
「えぇ、何度も止めたんだが、明日のライブでファンに伝えるそうだ」
そう話す男性の付けている名札に目を向けると、どうやらこの男性はレコード会社の社長らしい。
だから事細かく内部事情を知っているのかと納得しつつも、これが最後になるのならば帰ってしまっても良いものかと迷いが出始めた。
「なら、話はついたんですかい?」
今度は、スタッフジャンパーを着て眼鏡を掛けた五十代くらいの男性が、そう言いながら声を掛けてきて。
あまりスタッフには見えない身なりに、皆の視線がそこへ集まった。