第65章 不行跡
「・・・これ」
そこに書かれていたのは、電話番号で。
これが赤井秀一からだとすると、つまりは。
「覚えたら燃やしてくださいね、この場で」
そう言いながら沖矢さんはシンクを指さして。
やはりこれは、赤井秀一の電話番号なんだ。
・・・でも、何故今。
「もう必要ありませんでしたか?」
「・・・さあ、どうでしょう」
不可欠かと言われれば、今となってはそうではない。
けど、不必要かと問われれば分からなくて。
とりあえず言われた通り、その番号を頭に叩き込むとシンクに向かって。
ご丁寧に置かれていたライターを手に取ると、それに火をつけた。
「・・・では、私はこれで」
受け取る物は受け取った。
彼の話もやはり中身の無いものだと分かったから。
適当に蘭さん達の手伝いをしたら帰ろうと、沖矢さんの傍を通り抜けようとした時だった。
「・・・っ」
突然手を引かれ壁に押し付けられて。
咄嗟の事に目を瞑ってしまったが、即座に開けば目の前で不敵に笑う彼がいて。
「今日は随分と冷たいですね」
温かく接する理由が無いから。
そう言い返してやりたかったが、そんな労力すら惜しくて。
「急に名前で呼ばなくなったということは、彼にそう言われたんですね」
「だったら、どうなんですか」
沖矢さんには関係無い、と彼を突き放して距離を取るが、それは一瞬にしてまた埋められて。
顔が近付いてきた瞬間、されると思った行動が一つ。
「・・・ッ」
彼の口に両手で蓋をし、それを咄嗟に防いだ。
あんなに受け入れていたものだけど。
今は零との、きちんとした関係がある。
忘れる理由も無い。
それ故、彼のを拒まない理由も無い。
彼の力が弱まったのを確認し、ゆっくりとその手を緩めると、再び不敵な笑みを向けられた。
「お預け、ですか」
「次があるみたいに言わないでください」
ここに居ては良くない。
とにかく彼から離れることだけを考え、それ以上の言葉は交わさないまま、足早にその場を去った。