第65章 不行跡
「そんなに怯えなくとも、取って食べたりはしませんよ」
彼の指が私の顎を掴み、クッと上に向けられる。
言っていることと行動がまるで一致しないが、それは今に始まったことでは無い。
「怯えてなんかいません。ただ、苛立っているだけです」
言い返しても、無駄なのも知っている。
けど、そうしていないと声が震えてきそうで。
それから無言で互いに視線を外さないまま数秒経った後、先に口を開いたのは彼の方からだった。
「・・・波土禄道、彼も調べているんですか?」
僅かに沖矢さんの笑みが薄れた。
それと同時に問われた内容に、動揺してしまいそうになって。
彼も、ということは・・・沖矢さんも調べているんだろうか。
・・・それとも、これから調べるところ・・・か。
「どうしてですか」
「貴女が興味を持つのは、彼に関する事くらいかと思いまして」
あながち、間違ってはいないけど。
沖矢さんに言われると少し苛立ちを覚えるのは何故だろう。
「さあ、知りません。私は単純にミュージシャンのリハーサルというものが気になっただけですよ」
「ほう」
納得・・・は、恐らく言葉だけ。
彼ならまだ疑いは持っているはずだ。
これがバレてしまうことがどういう事なのか、何も知らない私には判断できないが・・・沖矢さんには伝えない方が良いことだけは、何となく感じる。
「話が無いなら帰ります」
顎を掴まれていた手を叩き落とし、ボロが出てしまう前に早く立ち去ろうと沖矢さんに背を向けた。
「良いのですか、これを受け取らなくて」
その言葉に引き止められ、進みかけていた足は止まることを余儀なくされた。
小さく振り返ると、彼が手にしていたのは一枚の紙切れで。
「貴女が欲しがっていたものだと聞きましたよ」
そう言って差し出された紙をゆっくりと受け取ると、開いてみると良い、と彼から視線を受けた。
躊躇う理由も幾つかあったが、それ以上に開かない理由が無い。
目線で言われた通り、その紙を徐ろに開いた。