第65章 不行跡
「あ、あの・・・私やっぱり・・・」
「ひなたさん。すみませんが、台所の方の手伝いを頼めますか」
沖矢さんもリハーサルに行くなら、行かないが吉だ。
そう思って彼女達に断りの言葉を掛けようとした時、その元凶となった彼にそれは遮られてしまって。
「・・・分かりました」
あの辺りはいつも掃除が行き届いているから。
電話で言っていた話をしよう、ということなんだと思った。
逆に、そうでなければすぐにでも帰ってやる。
そう思いながら、目付きだけは変えないまま渋々返事をした。
「じゃあ、私達はこっちをしてますので」
「ええ、よろしくお願いします」
作業に戻る彼女達を横目に、沖矢さんと台所へと向かって。
できればコナンくんも一緒に来てほしかった。
彼がいれば、話が遠回りになることも、沖矢さんが妙な事をすることも無いと思って。
ただ、そんなことを頼める雰囲気でも、状況でもなかったから。
不安は残したまま、重くなったその足を進めた。
「・・・で、話って何ですか」
「そんなに急かさなくとも良いじゃないですか」
台所に入った瞬間、彼に用を尋ねるが当たり前のように軽くかわされて。
・・・ペースだけは乱されてはいけない。
それだけは心得ているつもり。
「言わないなら帰ります」
「まずは久しぶりの再開を喜びませんか」
どこに喜ぶ要素があるというのか。
皮肉とは分かっていても、僅かに湧き上がる苛立ちがペースを乱す原因だと言い聞かせて。
「いい加減に・・・っ」
「彼には、言っていないようですね。ここに来ることを」
こちらに一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくる圧に負けてしまいそうになった。
それでも、引き下がったら負けな気がして。
後ろに下がりかける足を必死につなぎ止めた。
「沖矢さんには関係ありません」
「もう、名前で呼んで頂けないんですね」
彼が目の前で立ち止まれば、その圧は更に大きく強く感じた。
息が止まってしまいそうな、傍にいるだけで苦しくなるようなプレッシャー。
何も言われていないのに、何かを喋ってしまいそうな。
そんな目に見えない何かに、怯えがきた。