第65章 不行跡
「申し訳ありません、手伝っていただいて。一人で掃除するには広過ぎて」
沖矢さんが、どこからか水の入ったバケツを持ってきてはそう話して。
確かにここは広過ぎる。
流石あの工藤優作氏の家と言ったところか。
・・・家主は長く不在のようだけど。
「いえ、お掃除好きなんで!」
語尾にハートマークでも見えそうな声色で園子さんが返事をして。
以前、彼女達がポアロに来た時、かなり色々な男性に興味を持つ子だとは思っていたが・・・沖矢さんにまでとは思わなかった。
確かに黙っていれば、顔だけは良い方だと思う。
・・・顔だけは。
「そういえば、世良真純さん・・・でしたっけ?彼女は来なかったんですね」
薄ら埃を被りかけた本にハタキを振りながら、彼の発した言葉が耳に入ってきて。
そういえば、沖矢さんも世良さんのことを知っていたんだ。
・・・探偵仲間、というところだろうか。
本人に聞けば早い話ではあるが、それでは彼に興味を持っているようで嫌だったから。
聞こえていないフリをして、掃除をする手を休ませないようにした。
「あぁ、世良ちゃんも誘ったんだけど・・・」
「何かまたホテルを引っ越すからバタバタしてるらしくて・・・」
園子さんの後に蘭さんが言葉を足して。
ホテルを引っ越す・・・ということは彼女はホテル暮らしということか。
世良さんもまた、園子さんのようなお嬢様なんだろうか。
「その世良さんの周りに、変わった人とか見かけませんでしたか?」
私が疑問を並べる中、沖矢さんが彼女達にそう尋ねて。
その時、妙に世良さんを気にする様子が何故か気になった。
「変わった人?」
「そう・・・例えば、絶えず周囲を警戒し、危険な相手なら瞬時に制圧する能力に長けた、『アサカ』という名の。まぁ、そうは名乗っていないでしょうけど」
・・・アサカ?
その名に聞き覚えは無い。
けれど、沖矢さんがそこまで気にかけるということは、何か深い意味が隠されていそうだった。