第65章 不行跡
電源を切ってしまうこと。
いっそ、そうしてしまおうと電源ボタンに手を掛けた時、何となく嫌な予感がして。
こういう時は当たってしまうものだと知っている。
もしここで電源を切って彼と話さなければ・・・ここに来るかもしれない。
私がここに居なくても、彼なら探し出してみせそうで。
だったら今、電話で済ませられることなら済ませてしまった方が良い。
そう考えると意外と行動は早くなるもので、鳴り響くスマホに映る受話ボタンに、指を伸ばした。
「・・・もしもし」
『やっと出ましたね』
懐かしくも聞こえる、聞きたくなかった声。
これですら、どこか罪悪感を感じた。
「何ですか、いきなり掛けてきて」
『久しぶりに貴女の声が、気聞きたくなったんですよ』
今以上に、彼の冗談が面倒だと感じたことは無い。
手早く済ませられないのならば切ってしまえ、と溜息を吐きながら終話ボタンに手を伸ばしかけた瞬間。
『すみません、貴女の声が聞けて舞い上がっただけですよ』
耳からは離れていたものの、僅かにスマホから漏れる彼の声がそう言っていて。
仕方なく耳へとそれを戻すと、もう一度溜息を吐いた。
「早く用件を言って頂けますか」
『彼が近くにいるのですか?』
「・・・いませんけど」
いないから、嫌なのに。
というより、居ないことを分かっていて掛けてきたんじゃないかとすら、思えてくるが。
『掃除を、手伝いに来て頂けませんか』
「・・・はい?」
掃除・・・?工藤邸の・・・?
「どうしてですか」
『貴女も僅かですがここに住んでいましたし。今日は定期的に蘭さんがいらっしゃる日でもありますから』
蘭さんが、あの家を。
一瞬、何故という疑問が浮かんだものの、彼女と工藤くんは幼なじみだったようだから。
世話好きな彼女なら、そういう事もしていそうだと納得して。