第65章 不行跡
食器を片付け終え、先にお風呂を貰って。
本当にここが私の家になってしまったんだな、と今更な考えを浮かべながら部屋へと戻ると、ソファーに座る零がイヤホンで何かを聞いていて。
「・・・また聞いてるの?」
「ん?ああ、これも仕事だから」
そう言ってスマホの画面を見せられ、そこに視線を向けると『波土禄道』という名前と、恐らく曲名だと思われる言葉が書かれていた。
「知らないか?ミュージシャンの波土禄道」
「・・・ごめん、音楽にはあまり詳しくなくて・・・」
ここ最近の零は、暇があればいつもイヤホンをしていたから。
その人の曲を聞いていたんだと納得すれば、少しできていた心の中のモヤが晴れたようで。
ただ、それに僅かでも力になれれば良かったのに。
こんな小さな事でも非力さを感じてしまって。
「・・・でも、どうしてその人を?」
それは公安の仕事なのか、探偵の仕事なのか。
はたまた、組織としての仕事なのか。
聞いたところで、私にはどうしようも無いのだけれど。
「まあ、色々とな」
その返答からして、少なくとも探偵の仕事絡みでは無い事を察知して。
それ以上は聞いてはいけないんだと察した。
「そっか。・・・あ、コーヒー入れるね」
「ああ、ありがとう」
話を逸らしつつ、台所へと向かって。
だいぶ、敬語無しでも慣れてきているが、ふとした瞬間にまだ出てしまうことは多々あった。
あれからそれに対するペナルティは無いが、彼曰く「貯金している」のだそうで。
こんなにも貯めたくない貯金は初めてながら、自分が思っている程は溜まっていないと感じてはいて。
安室透に対する敬語が無ければ、それはもっと簡単な事なのだろうけど。
中々お客さんの前で・・・特に透さん目当ての女子高生がいる前でなんて、とてもじゃないが敬語無しで喋るなんてことは、怖くてできなかった。