第64章 戒めて※
「・・・分かった。でも、無理はするなよ」
「うん」
話す間にしてくれた腕枕の根元に顔を埋め込むと、そっとその腕で包んでくれて。
でもやっぱり、見えない距離があるように感じてしまう。
それは私の気のせいだと思えたら、どんなに良かっただろう。
ーーー
「ひなたちゃん、ハムサンドとコーヒーお願いね」
「あ、はい!」
その日のポアロは比較的忙しくて。
私にとっては何も考えなくて済む上、お店にとっても喜ばしいことなんだけど。
零にはそうで無いみたいで。
「・・・大丈夫ですか?」
「何度目ですか。本当に大丈夫です、心配し過ぎですよ」
近くを通る度、彼からは同じ質問が繰り返された。
その度に笑顔で返してみせるが、上手くできているかは分からない。
実際、昨日のことが嘘のように痛みは本当に無い。
彼が尋ねてくる度に、透さんの奥に感じる零が嬉しくもあり、切なくもあった。
「ひなたちゃん、ポアロやめちゃったのかと思って心配したよ」
「クビにならない限り、やめませんよ」
ただ時折、常連さんと話せば気も紛れて。
やっぱりここは、私の大切な居場所の一つなんだと再認識させられた。
「安室さん!安室さんって彼女いるんですか?」
そんな中で突然耳に入ってきた、そんな会話。
透さん目当てで入ってくる女子高生は少なくない。
わざわざカウンターに座る彼女達も、その中の人物だろう。
彼がこういう話題を振られることは多いが、私達が付き合い始めてからは、初めて耳にした。
人の会話を盗み聞くなんてあまり良くないことだとは分かっているが、気付けば自然とその会話に耳を傾けてしまっていた。
「秘密です」
優しい笑顔で彼女達に答える彼に、黄色い声が上がって。
あの時、梓さんにはバラした・・・というのかは不明だが、私達の関係を知っている一般人と言えば、彼女だけだ。
一応、透さんが彼女に口止めをしてはいるみたいだが、梓さんもその辺りはよく分かっているから。
この関係が表に出ることはほぼ無いんだと思うと、少し寂しくも思えた。