第64章 戒めて※
「・・・零」
「どうした?」
口元まで布団を引き上げながら、どこかに行きかけていた彼の名前を呼んで振り返らせた。
「手・・・繋いで」
そんなお願い、できた立場だろうか。
なんて自分を責め立てながらも、今この不安をどうにか落ち着かせたかった。
これを解決できるのは・・・零しかいないから。
「・・・ああ」
ベッドの傍に座ると、彼の手が布団の中に潜り込んできて。
少し冷たいその手は、私の手に指を絡ませた。
「零の、この少し冷たい手が好き」
「・・・僕も、ひなたの温かい手が好きだ」
互いの体温を共有しながら手に力を込めて。
互いに何かの思いを誤魔化した。
その後、何も言葉を交わさないまま時間だけが過ぎていった。
どれくらいの時間が経ったか分からない。
けれど、冷たかった彼の手は布団の中ですっかり温もりを持ち、僅かに差し込む日差しは徐々に赤みを帯びていた。
「・・・そろそろ夕飯の準備をするから、少しだけ良いか?」
「うん・・・」
長い沈黙を破ったのは彼からで。
小さく首を縦に動かせば、絡んでいた指はするすると解けていなくなり、その手には喪失感だけが残った。
彼の温まった手は私の頭を軽く撫でると、台所へと向かう為に私に背を向けた。
すぐ、目の前にいるのに。
どうしてこんなに遠くに感じるんだろう。
音も、声も、姿も。
こんなに近くなのに。
気持ちだけ、遠くにあるみたい。
ーーー
あれから傷が痛むことは無く、何事も無かったように夕飯や入浴を済ませて。
どこか彼とはぎこちない距離を保ったまま、夜を迎えた。
「本当に行くのか?」
寝る支度を整え、私の待つ布団に入り込みながら彼が尋ねてきて。
「うん、透さんがいるから大丈夫」
明日はポアロだと言う彼に、ついて行きたいことを伝えていた。
それについて再確認する辺り、本当は置いていきたいんだろうが、ここに居ても寂しいだけだ。
それに、いらない事ばかり・・・考えてしまうから。