第8章 敵対心
「それでは僕達はこれで」
「ええ、では」
お互い意味深な笑顔で挨拶を交わし、背を向けた。
沖矢さんはすぐに車に乗って、暫くしてから車を走らせていった。
その間、安室さんは私を抱いたままゆっくりと停車している車の方へ向って行く。
彼はどうしていつも突然私の前に現れるのだろう。
それも会いたくない時に限って。
「あの・・・」
「足、大丈夫ですか?」
私の小さな声は安室さんの質問でかき消されてしまって。それがわざとかたまたまかは分からなくて。
「だ、大丈夫・・・です」
貴方と別れて気が抜けました、なんて言えるはずもなく。そしてどうしてここに戻ってきたのかも聞きにくくなってしまって。
「一応、車を安全な場所へ動かします」
「はい・・・」
そう言って器用に私を抱いたまま車のドアを開いた。ゆっくり、優しく、先程とは全く違う丁寧な扱いで助手席に乗せられる。
私の中で安室さんが何人もいるようだった。
駐車場までは無言のまま。少し気まずさはあったが、逆に何も聞かれないことがありがたくもあり。
駐車させると、すかさず助手席のドアを開き、再び横抱きにしようとされる。
「も、もう大丈夫ですから・・・!」
「ひなたさん」
・・・怒っている。安室さんは笑顔だったが、なんとなくそう思った。これ以上面倒をかけるな、ということなんだろうか。申し訳なさと小さな恐怖で視線を落とした。
「失礼します」
そう言いながら優しく抱きかかえられて。その時足を動かそうとしたけど上手くいかず。やっぱりまだ立てそうにないことを確認した。
「ちょっと走りますよ」
言うや否や、彼は私の家までそれなりのスピードで走って行く。それでもしっかりと支えられているせいか、それに対しての恐怖というものは殆どなくて。
あっという間に私の家まで着いてしまった。
「鍵、カバンの中ですか?」
「あ、はい・・・っ、すぐ出します・・・!」
先程準備しておけば良かったのに。そう思うとまた申し訳なさが湧き出てきて。幸いにも小さなカバンのおかげで鍵はすぐ見つかった。
それを安室さんが受け取って、またしても器用にドアを開けた。
「失礼します、あがってもよろしいですか」
「え、ええ・・・」
正直躊躇いはあったが、あれこれ言える立場でも状況でもない。大人しく彼の入室に許可を出した。