第63章 再出発
「ここを・・・こう持って」
背後に零がついて、私の手に手を重ねて優しく指導してくれた。
持ち方、押え方、弾き方・・・。
時折彼の体が背中に密着する度、鼓動が聞こえてきそうで。
ちゃんと聞いているようで、右から入っては左から抜けてしまう。
集中が・・・できない。
こんなに距離が近いこと、今まで何度もあったのに。
ここが、彼の家だからだろうか。
彼の手はいつものように少し冷たいのに・・・体はこんなにも、温かい。
そんな事ばかり、考えてしまって。
「ひなた?」
「ち・・・違うんです!!」
呼ばれた名前に体が勝手に反応し、なんの脈絡も無い言葉が飛び出した。
「す、すみません・・・」
「興味無かったか?」
慌てて振り返ると困ったように笑う彼の表情が視界に入って。
さっきの言葉はやっぱり間違ってなかったんだと気付いた。
「違・・・っ、れ、零が・・・近くにいるから、緊張しちゃって・・・」
今更、と言えばそうなんだけど。
彼ときちんと恋人関係になってから、どこか緊張感は続いていたのかもしれない。
私が気を抜けば・・・また危険なこともあるかもしれないから。
「!」
いつしか床へと落ちていた視線はそのままに、彼に突然頭を半ば乱雑に撫で回されて。
何が起きたのか一瞬分からず、咄嗟に瞑ってしまった目を見開きながら彼へと視線を上げた。
「あまり可愛いことを言うな」
さっきとは違う、困ったような笑顔。
今のは・・・奥に喜悦が隠れている、といったような感じで。
それを見て顔が熱くなっていくのが分かる。
愛おしいという思いが溢れて、顔に熱を集中させていく。
やっぱり私は、彼が好きだ。
抑え切れないくらい、急に思いが溢れ出てくる。
どうしようもないくらい、おかしくなるくらい。
今更・・・こんな思いに気持ちを乱されているなんて。
自分の事ながら、少し驚いた。