第63章 再出発
・・・そう、あまりにも物が無さ過ぎる。
生活感というものが、あまり感じられない。
揃っているものは必要最低限、といったところで。
「・・・ひなた?」
「す、すみません・・・!」
あまりにもジロジロと見過ぎてしまった。
慌てて靴を脱ぐと、彼の元へと急いだ。
「今は一応、ここが僕の家だ。他のセーフハウスもまた教えておく」
ここだけじゃ、無いんだ。
・・・いや。おかしいことじゃないか。
彼は危険な組織に潜入している公安警察だ。
セーフハウスの一つや二つ、あったっておかしくはない。
「・・・あれ?」
奥の部屋へと足を進めると、殺風景な部屋・・・それも和室に、少し浮いた存在とも言えるような物が置いてあって。
「零って・・・ギター弾けるんですか・・・?」
机と、布団と、あとはそのギターだけ。
他に目に付くものは無いくらい本当に殺風景で。
「友人と弾きたくて練習したんだ」
そう言いながらそのギターに手を伸ばす彼の、壊れそうな笑顔と零れた言葉から察するに、その友人というのは以前話してくれた、あの人なんだと悟った。
「・・・!」
徐ろに弾き始めたそれは趣味とは思えないくらいに上手で。
そして、その顔はいつしか穏やかになっていった。
「・・・友人に比べれば、こんなものだけど」
「いえ・・・すごいです・・・!やっぱり零って何でもできるんですね」
思わず拍手をしてしまうくらい。
目の前でこんな演奏を見たのは生まれて初めてだ。
それを零から貰ったなんて・・・この上なく嬉しい。
「これくらいはひなたでも練習すればできるようになるさ」
「で、できるでしょうか・・・?」
楽器なんて、子どもの頃に吹いたリコーダーくらい。
それ以来触ることもなかったのに、そんな私が弾けるとは思えないけど。
「やってみるか?」
そう言って彼は手招きして、ベッドの側へと私を座らせた。