第63章 再出発
「・・・落ち着いたか?」
「はい・・・すみませんでした」
体が冷えるからと、一度零の車に戻って。
彼はずっと、私が落ち着くまで背中をさすってくれた。
時折、冷たいその手で私の涙を拭い、頭を撫でてくれて。
あんな酷いことを言ってしまったのに。
彼はいつだって優しさを与えてくれる。
それに私はもっと・・・応えられたら良いのに。
「では、次だ」
「次・・・?」
てっきりここが最初で最後だと思っていたから。
まさかもう一つあるなんて。
「嫌か?」
「まさか・・・っ」
嬉しい以外の何物でもない。
大きく首を横に振りながら返事をすると、いつもの優しい笑顔が返ってきて。
ああ、やっぱり。
彼のこの笑顔が・・・大好きだ。
ーーー
「どうぞ」
車は、とある駐車場に止められ、彼が助手席を開けてくれた。
こういう時いつも思うのは、周りの車と比べて一段と目立っているということ。
やはりこれは彼の趣味なんだろうか、と今更な考えをしながら車を降りた。
「一応、ひなたにも教えておかないとな」
そう話す彼の表情は、さっきまでとは違う重荷の外れたような笑顔を浮かべていて。
兄のことを話せたから、だろうか。
私も、複雑な気持ちはまだ僅かに残ったままだが・・・何も知らなかった時に比べれば、幾分か気持ちは軽く感じられた。
「・・・?」
少し歩いたところで彼が更に足を進めたのは、見覚えのないマンションで。
「あ、あの・・・」
「僕のセーフハウスだ」
問いかけようとする私に、早々と返事をしながらとある部屋の前で立ち止まり、ポケットから取り出した鍵で解錠した。
ドアを開くと、手を室内に向けられ部屋へと促された。
「お邪魔・・・します」
恐る恐る部屋へと入って。
至って普通の部屋。
少し変わっている所と言えば。
「いつここを出るか分からないからな」
私の考えを読んでいるように、彼は靴を脱ぎながらその答えを出した。