第63章 再出発
「行こうか」
「はい・・・っ 」
彼の車の助手席に乗って、掛けられた言葉に返事をする。
幾度となくしたそのやりとりなのに、どこか小っ恥ずかしさを感じて。
走り出した車の行く先は、零しか知らない。
目的地は、彼が連れて行きたいところだから。
ようやく叶おうとしているその約束が少し寂しく思いながらも、それ以上に楽しみが大きくて弾む心を抑えるのに必死だった。
「・・・一つだけ、確認させてほしい」
突然、改まったように切り出されれば、自然と体は身構えてしまって。
「な、なんでしょうか・・・」
無意識に背筋が伸びるような思いのまま返事をすると、彼の顔は険しさを増していった。
「・・・あの男に、一瞬でも好意を持ったことは無いのか」
その問いに、やはり彼なりにずっと気にしていたんだと思うと、息が苦しくなった。
・・・もし、私が逆の立場だったら。
裏切った上に更に裏切りを重ねているのに、それでも自分が悪かったなんて・・・言えるだろうか。
唇を噛み締めながら服を強く握りしめ、重い口をなんとか動かした。
「断じてありません」
ただ、そこは言いきれる。
昴さ・・・沖矢さんに持った気持ちといえば、信頼こそあったものの、それ以上は無い。
哀れみに似た感情を覚えたこともあるが、それは好意とは結びつかない。
あくまでも、あれは・・・。
「そうか」
一言そう漏らした彼の笑顔は、安心から・・・と言って良いのだろうか。
そんな思いをさせたい訳じゃないのに。
ーーー
暫く車を走らせた後、零はどこかの駐車場に止めて。
「ひなた、目を瞑ってもらえるか?」
「え?・・・は、はい」
突然の彼からの申し出を受け取り、言われた通りそっと瞼を閉じると、助手席側のドアが開いた音がして。
「足元、気を付けて」
ゆっくりと車から降ろされると、そのままどこかに手を引かれた。
前が見えない恐怖はあったものの、彼の手を握っていれば、それだけで道が見えるようだった。