第63章 再出発
まだポアロの出勤時間には早いけれど、零は当然のように家を出た。
外で彼の隣を歩くなんて久しぶり過ぎて、どんな顔をして良いか、どんな距離でいれば良いか、どこを見て良いか・・・何も分からなくなった。
「ひなたさん」
少し後ろを歩く私に、振り向きながら視線を向けて優しく名前を呼ぶ彼は、もう降谷零ではなくて。
「はい・・・」
寂しさはあるが、今目の前にいる彼は安室透であり、降谷零でもあることに間違いはないから。
「明後日、今度こそ約束を果たさせて頂けますか」
ずっと、ずっと、叶う事の無かった約束。
それを約束してしまえば、また離れてしまうような気がしたけれど。
「・・・勿論です」
私にそれ以外の答えは無い。
「ありがとうございます」
そう言って彼が指を絡ませてきて。
組み合うように手を繋がれれば、この冷たい空気が心地良くも感じられた。
本当に、私なんかで良いのだろうか。
彼にはもっと相応しい女性がいるんじゃないだろうか。
私が居ても、危険なだけなのに。
どうして私なんだろうか。
そんな不安や疑問は山ほど沸いてくる。
それでも私を愛してくれる彼を、今度こそちゃんと信じたいと・・・心からそう思った。
ーーー
零との約束の日はあっという間に来た。
昨日は一日公安の仕事で家を空けていたが、帰りには僅かに私の自宅にあった服や荷物を持ち帰ってきてくれて。
その中には彼がくれたアンティーク調の置時計も入っていて。
要らなかったら捨てて欲しいという彼に全力で首を横に降った。
例え何かが仕込まれていた物だとしても、私にとっては大切な物だから。
どうやら私が元々住んでいた部屋はあと数週間で退居することになっているらしい。
残りの荷物は公安の人達が纏めてくれると零が教えてくれた。
本当は自分でしたかったが、零が許可を下ろさなかった。
その理由を今更聞くほど馬鹿ではないから。
黙ってその条件だけは飲むことにした。