第62章 願い事
誰も居ないと分かっている事務所に帰るのは少し憂鬱で。
零が迎えに来られないのに事務所に帰されたということは・・・それなりの理由があったから、なんだろうか。
それとも、もう本当に組織のことは気にしなくて良いという意味なのか。
「・・・ただいま・・・で、良いのかな・・・」
そう心の声を漏らしながら明かりのついていない部屋へと入った。
お邪魔します、ではない気がするが、ただいまでは少しむず痒い気もして。
「おかえりなさい」
真っ暗な部屋から、帰ってくるはずのない返事が聞こえた。
「れ、い・・・?」
気のせい、だったのかもしれない。
彼に会いたい気持ちが聞かせた幻聴。
でもそれは確かに聞こえた気がして。
「・・・っ・・・」
とにかく電気をつけようと壁伝いに手を這わせていった・・・その時だった。
「きゃ・・・!?」
突然、抱き抱えられるというよりは、肩に担がれていると言った方が正しいような体制にされ、思わず悲鳴に近い声を短く上げて。
優しく投げる様に、でも少し荒々しくベッドに下ろされると、すぐさまその人物が上に跨ってくる。
それが誰かなんて、もう分かっている。
「零・・・っ」
顔が見えなくても分かる。
匂いや、声、彼の独特な気配、そして何より・・・。
「・・・ひなた」
頬に触れる彼の少し冷たい手が、何よりの証拠で。
どんな顔をして会えば良いか分からなかった。
それは今も同じで。
だからこそ、今この真っ暗な部屋は私だけでなく、きっとお互いに都合が良くて。
「・・・おかえり」
もう一度、改まったように応えられる。
「ただい、ま・・・」
それに確認するように返して。
段々暗闇に目が慣れてきたが、お互いの顔が確認できそうでできない。
ある意味壁と言えるその状況が、互いに触れたいという気持ちを増幅させた。