第62章 願い事
「ひなた」
話したいことは山ほどある。
今まで以上に沢山ある。
ずっと過ごせると思っていた、当たり前だと思っていた時間は、突然失って。
やっとそれが当たり前でないことに気付かされた。
彼との時間は・・・誰よりも大切にしなくてはいけない。
・・・これも、分かってたつもりだったんだ。
「・・・零」
それが合図のように、互いの唇を触れ合わせた。
昴さんではない、彼のキス。
優しく、大胆で、大好きで。
互いの舌が、離れていた時間を埋めるように密に絡み合った。
「・・・!」
突然、何かに気付いたように、上から被さる彼が勢いよく体を離した。
何があったのかと疑問を抱きながらも、その行動の意図を問うことができなくて。
「・・・ひなた」
「・・・・・・ッ」
怖い。
瞬時にそう思えるくらいには、聞いたことのない低い声で呼ばれた。
怒っている。それは間違いなくて。
「は、はい・・・」
恐る恐る返事をすれば、顔の横についている彼の手が強く握られたのが分かった。
「誰にそんな事、教えてもらった」
「・・・ッ!」
ぼかされているようで、それははっきりとした問い。
そうか、いつの間にか私。
キスは、昴さんのものになっていたんだ。
「ちが・・・っ」
言いかけて、やめた。
何も違わない、答えになっていない。
昴さんのキスを拒まなかった時点で、それは私の罪だ。
「・・・いや、すまない・・・」
次に落ちてきたのは彼の頭。
怪我をしている肩辺りに優しく埋められると、絞り出すような声で謝られた。
彼が謝ることなんて、ないのに。
「零・・・っ」
彼は悪くない。
悪いのは、私だ。
「ごめんなさい・・・ッ」
涙を押さえ込んで、必死に震える声を出した。
私が泣くのは違う。
泣いても良い理由なんてない。
そう言い聞かせているのに。
目から溢れてくるこれを止める力が、今の私には備わっていなくて。