第62章 願い事
「?」
彼の目の前で立ち止まると、何故か手の平を差し出された。
何なのか、と昴さんの目を見て尋ねるが、彼からは笑顔が返ってくるだけで。
手を乗せろ、という事だろうかと思い、恐る恐る差し出された手に自身の重ねた瞬間、視界は急に反転し、背中は彼が横に立っていた窓へと押し当てられた。
「ちょ・・・昴さ・・・!」
強く抱き締めてくる彼を慌てて引き剥がそうとするが、圧倒的に力が足りない。
様子がおかしくも思える彼に大きな疑問を覚えながらも、抵抗する形は示し続けた。
「もう少し」
耳元で小さく囁かれて。
「もう少し、このままでお願いします」
切なそうにも聞こえたそれが、更に生まれていた違和感を深めた。
どうしたのか、なんて聞けなかった。
気付けば、引き剥がそうとしていた手は彼の背中に回っていて。
別に受け入れた訳では無いけれど。
以前、彼から聞いた、彼もまた大切な人を失っているという話。
何故かそれがチラついた。
「・・・あの、昴さん」
数分間は、その状態だったように思う。
中々動きを見せない彼に、いつまでこうなのかと疑問を含ませて、名前で問いかけた。
「失礼しました。夕飯は準備してありますので、食べましょうか」
ゆっくり離れた体が、どこか寂しさを覚えるようで。
そんな感情が生まれてしまったことが・・・心底悔しい。
「そんな顔、しないでください」
そう言われ、無意識に見つめていた彼の顔から目を逸らした。
一体どんな顔をしていたのだろうか。
慌てて表情を治すように頬へと手を伸ばし、優しく指で押し上げて。
「・・・っ・・・!」
その最中、頬を押し上げていた手の下から滑り込むように、彼の大きな手が顔を包んで。
そのまま軽く後頭部の方まで滑らせると、再びゆっくり引き寄せられた。
キス、される。
そう最中で分かるくらいにはゆっくりだったのに。
拒む自分が、存在しない。
それが何故なのかは、はっきりしないまま。
嫌なのは確かなのに、それを受け入れてしまった。