第61章 悪い事※
「どうして・・・ですか」
何故そんな事を聞くのか。
半ば気を紛らわせる為に、そんな事を聞いて。
「貴女が泣いていたので」
そう言って彼の長い指は優しく、残っていた涙を拭った。
そうか、夢だけじゃなくて、現実でも泣いてしまったのか。
いつもなら恥ずかしい、という感情も生まれてくるのかもしれない。
でもそれ以上に今は、苦しくて。
自業自得なのに。
「・・・次、零にどんな顔をして会えば良いですか」
彼に聞いても仕方が無いのに。
それでも、いつも見透かされているせいか、彼へは自然と不安が漏れてしまって。
「会う気はあるんですね」
そう言われ、確かに自分が彼に会う気がある事を再認識した。
もうこのまま会わない覚悟だってしていたのに。
やっぱり心のどこかでは、彼に会いたい気持ちを持っていて。
「・・・会いたい、です」
零れるように本音が落ちた。
彼の鼓動はずっと一定のリズムを保ったまま落ち着いていて。
それに釣られるように、私の鼓動もゆっくりしたものになっていった。
「では、普段の貴女のまま、会えば良いと思いますよ」
顎をクイッと持ち上げられ額にキスをされれば、それがおまじないのように彼の言葉を受け入れて。
「自然体の貴女が一番、可愛らしいですから」
恥ずかしげも無く、いつものように歯の浮くような事を言われた。
それでもその言葉はさっきの言葉と同じく、自然と受け入れられた。
それを認めているという訳では無く、信じてみようと思った、と言う方が正しいかもしれない。
彼の言葉は・・・使い方を誤ると危険な物かもしれない、とも思いながら。
「さて、朝ごはんにしましょうか」
気を取り直すように彼が体を起こすと、サイドテーブルに置いてあった私の服をベッドへと置き直して。
「着させてあげましょうか。それとも・・・」
「出てってください」
彼の言葉が終わらないうちに返事をすると、そう言うと分かっていた、と言わんばかりの笑顔を向けられて。
黙って部屋を後にする彼の姿は、無意識に目で追っていた。