第61章 悪い事※
「とても可愛らしかったですよ。・・・おやすみなさい」
そう言って頭に落とされたキスを感じると、急に強烈な眠気に襲われた。
その瞼を閉じてはいけない。
本能ではそう思っていたのに。
言う事の聞かない瞼は重りを付けているように重たくて。
半ば気を失うようにして、彼の言葉通り眠りについてしまった。
ーーー
夢を見た。
真っ白な世界に零が立っていて。
近付こうとする私はいくら走っても、叫んでも、彼に近付く事も気付いてもらうこともできなくて。
疲れてその足を止めた瞬間、彼は違う女性と去っていく。
目を逸らしたくても体が動かない。
それを見て、ただ涙して。
その時後ろから誰かが優しく抱きしめてくれて。
そっと振り向くとそこには昴さんがいて。
彼の笑顔に何かが溢れ、縋り付くように声を上げて泣いた。
「顔を上げてください」
そう言われて素直に顔を上げると、優しく唇を重ねられて。
知らない間に彼に身を任せ、長い長いキスは彼に飲み込まれるように続けられた。
「・・・おはようございます」
ようやく離れた口から出てきたのは朝の挨拶で。
その瞬間、寝ぼけていた頭が一瞬で叩き起された。
「・・・・・・ッ!!」
これは、夢じゃ・・・ない。
そう気付いた時には、ベッドの上で抱き締められている彼を突き飛ばすように腕を伸ばしていて。
「顔、真っ赤ですよ」
そんな事を言われながら伸ばされる彼の手が頬をつたって。
ピクっと体が自然と震え、目を瞑って無意識に次に起こす彼の行動へと身構えた。
「悪い夢でも見ましたか」
突き放したせいで少し離れてしまった距離を埋めるように、伸ばされた手で私を彼の鼓動が聞こえる位置まで引き寄せて。
悪い夢、と言えばそうだけど。
今の私の状況からして、それを悪いと言えるのかどうかは、正直不安だった。