第7章 黒の車
「・・・バーボンとウォッカ」
その単語を聞いて安室さんがピクリと反応したように感じた。
「二人の男がそのお酒の名前を口にしたのは聞きました」
私が言えるのはここまで。実際これ以上のことは聞いていない。・・・組織という単語を覗いては。
「それだけですか?」
「・・・はい」
安室さんの眼差しが痛い。心にトゲが刺さったように何故かチクチクと傷んだ。
私の言葉に疑問を示さない辺り、組織の人間の名前ということは分かっているということか。
「・・・まあ、いいでしょう」
なんとかこれだけでも納得してくれたようで。心の中で大きく安堵のため息をつく。
「それと」
まだ何かあるのか。これ以上は気力も体力も精神力も持ちそうにないが。
「やはり明日からはペット探しも暫く休んでください」
「・・・え」
「僕が指示するまではポアロにだけ出勤してください」
それは監視下におきにくい、という理由からだろうか。それとも助手という立場を自然消滅させるためだろうか。
気にはなったが、そんなことを率直に聞けるはずもなく。
「・・・分かりました」
ただ頷くしかなかった。
本当に調査の協力をさせてくれるのかも不安になってきたが、そもそもその約束自体嘘の可能性もある。
・・・いや、安室さんに限ってそんなことはない。
頭の中で色んな論争が繰り広げられた。
「とりあえず、今日は家まで送ります」
そう言って車を動かし始める。山奥から離れていく様子に、少しずつ安心感を取り戻していく。
「・・・・・・」
聞きたいこと、言いたいことは山ほどあるのに。
立場や空気がそれを許さないもどかしさ。
どうしてあそこに安室さんがいたの。
どうして私に色々隠すの。
ねえ、どうして。
貴方はこんなにも優しいの。
聞けない疑問が増える度に胸が締め付けられる。
どうして彼に出会ってしまったんだろう。
それが今一番悔やまれることだった。
それでも私は安室透の傍にいることを選んだ。