第60章 天邪鬼※
「・・・昴、さん」
どうして彼がここにいるのか。
その疑問だけで、頭は一瞬にして埋め尽くされた。
「彼女の保護はまだFBIが預かっていますよ。勝手に連れて行かれては困りますね」
だから何故、FBIの事情を彼が伝えるのか。
確かにFBIが直接公安の人間と会うよりは・・・零の為にも良いかもしれない。
けれど、それが昴さんでは・・・意味が無い。
「こちらは片が着きましたので。それはお伝えしましたよね、沖矢昴さん?」
挑発的な言い方。
やっぱり、昴さんが言いに来ても逆効果で。
私がFBIの保護にいた方が良いのは何となく分かっている。
零への危険が本当に無くなったのか、彼が冷静さを取り戻しているのか。
それを判断できるのは・・・零本人では無く、FBIの人達、その中でも赤井さんだと思っているから。
「透さん・・・、降ろしてもらっても・・・良いですか」
言葉とは裏腹に、縋り付くように彼の服を強く掴んだ。
本当は離れたくなんてない。
零の傍に居たい。
ちゃんと話をしたい。
けれど、全部口にするのは怖くて。
・・・今は、彼から・・・。
「・・・ひなた」
苦しそうな声で名前を呼ばれた数秒後。
抱えられていた体はゆっくりと、丁寧に降ろされた。
「透さん」
地面に足が着いたことを確認すると、体を彼に向き直して。
背伸びをして彼へと口付けた。
触れるだけのキス。
それは甘くも何ともない。
・・・彼から、逃げる為のものだから。
「・・・っ」
痛む肩を抑えながら、一瞬の隙をついて昴さんの方へと走った。
彼を見ればまた決意が揺らぐ。
だから背は向けたまま。
これが正しい選択かどうかは今は分からない。
けれど、今の零より・・・赤井さんの言葉の方が、冷静さがある。
零が本当に落ち着いたかどうか確認できるまでは、私はそこに居るべきではないと思うから。