第60章 天邪鬼※
「・・・喋らないでください」
だって、私が喋っていないと。
貴方の口から出る言葉が怖くて。
聞きたくなくて。
・・・でも。
それでも。
「・・・零に・・・会いたい・・・っ」
目の前にいるのに。
それを安室透に変えたのは自分なのに。
なんて天邪鬼なんだろう。
こんな私でごめんなさい、と心の中で何度も謝った。
「ひなた・・・」
名前を呼ばれ、情けなくなっている顔を小さく上げて。
彼の表情を確認する間も無く、再びその唇同士は触れ合った。
「んんぅ・・・っふ、ぁ・・・」
さっきと同じくらい深いけれど、荒々しさは消えていて。
苦しい、けどその苦しさが媚薬のようで。
高まってはいけない気持ちばかり、暴走していった。
「ん・・・っ、はぁ・・・れ、ぃ・・・!」
キスの合間に甘い声で名前を呼んで。
もっと、と彼を求めて。
「・・・っは・・・ぁ・・・」
長く続いたキスは名残惜しそうに終わりを告げた。
離れた唇同士が繋いでいた証を残すように、そこは糸で繋がっていて。
一定の距離でプツンと切れると、夢から覚めた気持ちになった。
「・・・っ!?」
床にもたれながら座る私を、突然彼が横に抱えて。
急に浮いた体に、声も無く驚いた。
「れ、い・・・っ」
思わず呼んだのはそっちの名前。
恐らく今の彼はそうだと思ったから。
何を思っているのか分からない彼の表情を見つめながら路地裏を抜けていく様子を、ただ黙って見守ることしかできなかった。
この角を曲がった先には工藤邸。
そこまで運ぶつもりなんだろうか、なんて予想は当たり前のように裏切られて。
曲がるべき角とは反対側の角を曲がり、早足でその通りを抜けていった。
きっとFBIには話をしていないはず。
止めるべきなんだろうが、それができなくて。
私は一体どうしたいのか、分からなくて。
「どちらへ?」
出ない答えを探す中、透さんがもう一つの角を曲がった先にいたのは、またしても今、最も出会ってはいけない人物だった。