第56章 それは
「その様子なら大丈夫そうだ」
車のエンジンをかけながら、また笑われるようにそう言われて。
その雰囲気に、作っていた不貞腐れた表情は一瞬にして解かれてしまった。
事務所へ向かって車が走り出すと、ふと風見さんの運転する車に乗ったことを思い出して。
「あの・・・風見さんっておいくつなんですか?」
「風見か?確か三十歳だったと思うが・・・」
じゃあ兄とは一つ違いなんだ。
上司部下という以上に仲が良かったみたいだが・・・歳が近いから気が合ったんだろうか。
なんて考えていると。
「風見がどうかしたのか?」
「あ、いえ・・・単純においくつなのかな・・・って」
零が兄についてあまり話したがらないのを考えれば、あまり私からその話題を振ってはいけないような気がして。
彼が自分から話してくれる・・・その時までは。
「零の歳も・・・聞いても良いですか?」
正直言えば、そちらの方が気になっていて。
実はかなり歳上なんじゃないか、とさえ思い始めていて。
「ひなたのよく知る兄、本田冬真と歳は同じだよ」
「え・・・っ」
兄は私の三つ上だから・・・二十九歳だ。
でも、零は確か・・・。
「か、風見さんや兄は部下なんですよね・・・?」
「警察組織はややこしいところなんだ」
所謂、エリート組というやつなんだろうか。
そもそも、そういう仕事場は警察官に限らず沢山あると思うが、彼がこの歳でかなり上の役職についているのでは、という考えはこびりついて離れなかった。
「何故そんな事を?」
気になっていた、というのは勿論根底にあるのだけど。
それ以上に私は。
「・・・私は零のこと、何も知らないから」
視線を落としながらそう応えて。
「零は私のこと沢山知っているのに、私は零のこと・・・歳も、好きな物も、何も知らない」
彼が安室透ではなく、本当は降谷零だということを知っている事だけで十分なはずなのに。
私はどこまでも欲深い人間なんだと改めて気付いた。