第56章 それは
「・・・ひなたさん」
「はい・・・?」
カウンターにいたはずの彼は、いつの間にか隣に立っていて。
隣の席へと腰を降ろすと、じっと私の目を捕らえたまま話を続けた。
「来週の平日、二人で出掛けませんか」
「・・・え・・・?」
突然の誘いに一瞬戸惑ったが、それは突然で無いことを思い出して。
それは以前・・・約束したことだった。
「ひなたさんの行きたいところに」
私の行きたいところ・・・。
突然そう言われても、すぐに思い当たるところは出てこなくて。
「・・・そう・・・ですね」
少し考えて、出てきた候補は二つ。
「じゃあ、透さんの好きな場所・・・とか」
その内の一つだけを彼に提案した。
「ひなたさんらしい答えです」
クスッと笑われながらそう言われた言葉に、嫌な気はしなかった。
複雑な気持ちは残ったままではあるが、寧ろ少し嬉しくて。
私という人間を知ってくれているからこそ、出る言葉だと思っているから。
「考えておきます」
その答えにどうにか作った笑顔で応えると、ケーキを一口運んで。
もう一つの行きたい場所は・・・言えばきっと彼の迷惑になるだろうから。
その思いはコーヒーと一緒に飲み込んだ。
ーーー
「行きましょうか」
「はい」
梓さんが休憩から戻ってくると、零もそのままポアロでの仕事を終えて。
いつもなら近くまで車を運んできてくれるが、一瞬でも私から目を離さない為か、今日は二人で駐車場へと向かった。
車へ着くと、零は助手席のドアを開いてくれて。
口元が緩んでしまうのを感じながらそこへ乗り込んで、シートベルトをつけた。
「悪いが、これから別の仕事に行かなければならない。・・・一人で事務所で待てるか?」
「・・・馬鹿にしてる訳じゃないんですよね?」
降谷零になったのを感じると共に、子供扱いされている言葉に対して、ムスッとした表情を作ってみせた。