第56章 それは
「いつからなんですか!?というより、そうだったなら早く教えてくださいよー!」
「本当はひなたさんがポアロに戻ってきてから、報告するつもりだったんですけどね」
淡々と言葉を吐き続ける彼と、嬉々とした声を上げる彼女を交互に見比べた。
どういう事なのか、本当に分からなくて。
「では、邪魔者は退散しますね!如月さん、ごゆっくり!」
眩し過ぎる笑顔を向けながら、梓さんは嬉しそうにスタッフルームへと消えていった。
それを確認すると、カウンターから身を乗り出し、零へと詰め寄って。
「ど、どういう事ですか・・・!」
「どうもこうも、言った通りですよ?」
サービスです、とケーキを差し出されながら笑顔も向けられて。
「僕と付き合ってくれないんですか?」
その笑顔は一瞬でイタズラ的なものに変わった。
彼特有の・・・ズルい言い方だ。
「・・・それは、透さんと・・・ということですか?」
降谷零ではなく、安室透としての。
「そういう事です」
その言葉に、納得したような安堵したような落胆したような。
モヤついたハッキリできない気持ちが生まれて。
一瞬で力が抜けるように、乗り出していた身を元に戻し、椅子へと掛け直した。
「そう・・・ですよね」
私の中ではどちらも彼に変わりはないけれど、少なくとも彼の中では、安室透と降谷零は別人のようで。
私は・・・一人なのに。
そう思うと尚更、安室透と付き合うということがどういう事なのか・・・分からなくなってくる。
「・・・嫌でしたか?」
その問いにはすぐ答えが出せなくて。
嫌ではないけれど・・・良いとも思えない。
安室透と付き合うということはつまり、降谷零とは付き合えないと言われているようで。
ここで無言を通せば肯定になってしまうと、とりあえず首を小さく横に振った。