第7章 黒の車
「・・・あれ」
暫く色々考えながら歩いていたせいか、道に迷ってしまって。車の通りはあるから、これに沿って歩けば、知っている道になるだろう。
そう悠長に考えて重たい足を動かしていると、ふと目に入った一台の車。
「黒の・・・ポルシェ・・・」
間違いない。
兄に言われて何度も写真や画像で見たあの車。
クラシックな少し目立つ見た目。
ポルシェ356Aだ。
緊張からか、息が上手くできなくて。
背筋に冷たい空気が駆け抜けた。
通り過ぎるように、ゆっくりと自然に車へ近付いた。
スモークガラスのようだが、フロントガラスから除く限り、人は乗っていないように見えた。
辺りを見回し、人通りがないことを確認する。
カバンからハンカチを取り出し、助手席側のドアハンドルに手をかける。
「・・・開いた」
ポルシェの車上荒らしなんて起こるはずがないと思っているのか、難なく開いたドアに自分でも驚いた。
急いでカバンから自作の発信機と盗聴器を合わせたものを起動させ、座席の下へ放り投げた。
勿論指紋はつけないように拭き取って。
急いでドアを閉め、車が目視で確認できるギリギリの位置まですぐに離れた。
連動させているスマホを起動させてイヤホンを繋ぎ、発信機と盗聴器が問題なく起動していることを確認すると、呼吸と心臓は落ち着かないが、一息ついて。
この車が兄が追っていた組織の人間のものとは限らないが、その可能性は大きい。
万が一盗聴器が見つかっても、電池は数時間しか持たないし、逆探知などはできないように作ってある。
大丈夫・・・と何度も自分に言い聞かせたが、実践的に使ったことはなかったため、不安は勿論あった。でも体が勝手に動いてしまった。
・・・もう後戻りはできない。
覚悟を決めて手にしているスマホを握りしめて。
暫くその場で待っていると、真っ黒な服に身を包んだ男二人がポルシェに近付いた。
それを確認すると、慌てて近くを通りかかったタクシーを呼び止めて。
嫌な予感しかしない。それでも私は少しでも組織の情報が欲しかった。これがきっかけで何か・・・安室さんのことも含めて分かるかもしれない。
表ではそう考えていた。裏ではきっと復讐心があった。それは出さないように必死に押さえつけて。