第55章 気付く
「後悔したか?」
零の問いに、すぐに返事はできなかった。
首を縦に動かせば、彼に嘘を吐いたことになる。
首を横に動かせば、彼を傷付けることになる。
どちらを選んでも、それは地獄で。
「・・・少しはしてしまいました。でも、それは零にとって必要な物なんですよね・・・?」
動揺する気持ちを押し殺して、彼に尋ね返した。
彼に嘘はついていない、彼は危ない組織に潜入している身なんだから、と言い聞かせながら。
「だったら大丈夫です。・・・あんまり、良いとは思えないですけど」
彼が風見さんや昴さんに嫉妬するように、それを今までに使われたか、これから使われるかの相手に嫉妬くらいはする。
例え公安として・・・スパイとして必要な事であっても。
「言い訳がましいが、アレを使ったのは今回が初めてだったということは信じてほしい」
少し苦しそうに話すその言葉に安堵できるかどうかといえば、複雑なところで。
ハッキリできない、弱い意思を持つ、守れない言葉を吐く、そんな自分に甚だ嫌気がさす。
「ひなたがベルモットと居る時に接触した時は、最悪の場合必要になると思って持ち歩いたものだ。今後使う予定も無ければ、持ち歩く予定も無い」
ということは、組織の中で私に一番目を付けていたのは、あのベルモットだということだろうか。
彼女が只者では無いことは、組織にいる以上嫌でも分かることだが・・・それ以上に何か感じるものがあった。
「あの時は本当に・・・悪かった」
彼の腕の中で包まれながら謝罪の言葉を聞くと、少しの間無言を通して。
怒っている訳でも、悲しんでいる訳でも、勿論喜んでいる訳でも無い。
彼にそんな思いをさせてしまった自分が、少し情けなくて。
あの時私が零の車から逃げなければ、彼の言う最悪の事態にはならなかったんだろうか。
今更そんなことを後悔しても遅いのは分かっているが、そう考えずにはいられなかった。