第55章 気付く
「・・・!」
遠くの方から誰かの急ぐ足音が近付いてくる。
それに気付いた瞬間、無意識に出入口の方へと視線を向けて。
この辺りは人通りが殆ど無い。
そもそも、人が来るような建物が無い。
それを狙って零はここを借りているんだろうが・・・。
だとすれば、近付いてくる足音の正体は誰なのかと、体が自然と身構えた。
「・・・ッ」
体に力が入りきった瞬間、部屋の扉は勢いよく開かれた。
「ひなた・・・ッ!!」
「れ、零・・・?」
音を立てながら開いた扉から姿を現したのは、彼だった。
息を切らし、焦った表情の彼を見れば、ただ事では無い事を察した。
「ど、どうし・・・」
言いかけた所で、彼が素早く私の方へと向かってきて、何も言わないままキツく抱き締めあげた。
「れ、い・・・?」
抱き締められたことで圧迫された肺からは、絞り出すような声しか出てこなくて。
明らかに様子のおかしい彼に、名前を呼んで状況を尋ねた。
「良かった・・・っ」
心の底から出たような声に、心臓がドクンと音を立てた。
更に力を込められた腕を感じながら、彼の胸に顔を埋めると、ゆっくりその背中へと腕を回して抱き締め返した。
「零・・・、苦しい・・・」
顔を胸に埋め込んだまま、か細く告げると、ゆっくりと締め付けていたその腕の力は緩められて。
その手は私の肩を掴み、真正面へと向けられた。
「どうして連絡に応答しなかった?」
「・・・え?」
そういえば、帰る前に連絡をすると言われていた。
にも関わらず。
「す、すみません・・・二階にスマホを置いたままでした・・・」
これでは携帯電話の意味が無い。
彼にせっかく借りているそれも、役目を果たせない。
危機感どころでは無い自分に、更に嫌悪感を抱いた。