第54章 少年は
「・・・僕が居るときではいけませんか?」
それでも私は構わないが、せっかく彼と居られる時間に、昴さんと顔を合わせるのも何だか嫌で。
「大丈夫です、何もありませんよ。ただ荷物を取りに行くだけですから」
「それでもあの男とは鉢合わせますよね?」
それは心配なのか、それとも信用が無いのか。
「・・・零」
問い詰めてくる彼の目を真っ直ぐ見つめて。
彼も真剣なのだろうが、私も至って真剣だ。
「心配してくれるのは嬉しい・・・でも、零といるときは二人が良い」
目を見てそう伝えて。
数秒間は黙ったままのかれだったが、その沈黙が破られた時、深く俯いて片手を額に充て、大きくため息を漏らした。
「・・・そこまで送ります」
「ありがとうございます」
少しは信じてもらえたのか、それとも諦められたか。
それでも、前の隠し合う関係よりはずっと良い。
これ以上、彼に悪い嘘は・・・重ねたくない。
ーーー
「では、僕はここで」
「ありがとうございます。お仕事頑張ってください」
約束通り、工藤邸の前まで送ってもらって。
彼の言葉に返事をすると、彼は少し悲しそうな笑顔を見せて。
頬に手が触れたと気付いた時には、唇も触れ合っていて。
少し長めのキスをされると、名残惜しそうに離された。
「・・・何かあったらすぐ連絡しろ」
「分かりました」
心配そうに言う彼に、そんな心配は不要だと半分笑顔で返した。
車を降りると、窓越しに彼が手を降って。
それに手を振り返すと、独特なエンジン音を響かせながら颯爽と走り去って行った。
仕事、と言っていたけど、それは安室透としてか、降谷零としてか・・・はたまたバーボンとしてだったのか。
それは敢えて聞かなかった。
聞けなかったとも言えるのだけど。
そこは踏み込んではいけない所だと、何となく思ったから。