第54章 少年は
「そういう事にしておきます」
私の体勢を整えながら、軽く室内へと背中を押して。
それに促されるように出たばかりの部屋へと戻った。
「・・・どこに行ってたんですか?」
「下の事務所。そろそろひなたにも働いてもらわないと」
こんな朝早くからその準備を?
昨日の疲れは持ち越さない体質なんだろうか。
・・・零なら有り得るが、少し無理をしているようにも思えて。
「コーヒー、飲みますか?」
明るい笑顔で言われると、釣られて笑顔になって。
でもそれは自然な物と言えば少し嘘になる。
「朝は私の担当ですよ」
「ああ、そうでしたね」
では、と炊事場に立っていた零が、私が立つスペースを開けてくれる。
そこへ立ち、昨日彼から教わったように入れ始めると、それを横からまじまじと見つめられて。
「・・・そんなに見つめられると・・・やりにくいです」
「僕の為にコーヒーを入れる貴女を、見ていたいんですよ」
またサラッとそういうことを言う。
結局、伝えた事によって更に集中は出来なくなってしまって。
緊張で軽く手が震えながらも、何とかコーヒーを入れ終えて。お揃いのカップに注ぐと、すかさず彼がそれを手に取った。
「運ぶのは僕が」
そう言ってソファーの方へと運んで行って。
申し訳なく思いながらも、その言葉に甘えて彼の後ろをついて行った。
ソファーへ腰掛けて二人でコーヒーを飲んで。
ゆったりとした朝のこの時間が、とても心地良い。
彼と一緒に居るだけで・・・幸せだった。
「僕はこれから仕事に向かいますが・・・ひなたはどこかへ出掛けますか?」
その予定は無いが、彼がいないのであれば・・・。
「・・・あの、工藤さんのお宅に・・・荷物を取りに行っても良いですか・・・?」
言いづらい事ではあったが、あれこれもう隠したくはないから。
昴さんとは会ってしまうだろうが、彼の言う頼ったりをする訳ではない。
ただ荷物を取りに行くだけ。
それだけ。