第53章 初めて※
その問いかけに思わずビクついてしまい、ゆっくり進めていた足をピタリと止めた。
「すみません・・・っ、盗み聞きする気は・・・」
「分かってますよ。大丈夫です、怒ってません」
そう言いながら振り返る彼の笑顔は、素直なそれで。どうやらその言葉は嘘ではないようだ。
「・・・すみません」
「そんなに謝らないでください。こちらこそ、近寄り難かったですよね」
申し訳なさそうな彼を見れば、こちらまで申し訳なくなって。
・・・私の知らない降谷零の部分は、どうやら闇が深くガードが固いようだ。
少しの離れた距離をパタパタと小さく走るように彼の元へと向かうなり、その体へと抱きついた。
少し仰け反りながらもしっかりと私を受け止めてくれるその体は、無駄のない引き締まった体で。
僅かに服から香る彼の香りが、私の不要な考えを溶かしてくれる。
「・・・零」
「はい」
優しいその声が好き。
頬に触れる、その少し冷たい手が好き。
何でも見透かすような綺麗なその瞳が好き。
料理が上手で、優しくて、強くて、色んなことに気が利いて、非の打ち所が無い貴方が好き。
「零はどうして私を・・・好きになったんですか?」
だからこそ、少しだけ不安になる。
昴さんにも似たようなことを聞いた事があるが、その意味合いは雲泥の差だ。
「好きになってしまったことに理由はつけられないな」
クスッと笑い混じりに、そう告げられた。
彼の言っていることは分かる。
それは私も同じだから。
・・・でも、私が求めている答えとは少し違う。
そう思うのはわがままだろうか。
「・・・私、零の傍に居て大丈夫なのか不安です」
完璧な彼だからこそ、なんの取り柄も無い私が彼の傍に居て良いのか。
もっと零には、相応しい人がいるのではないか。
心から愛しているのに。
誰よりもこの愛は強いはずなのに。
そんな不安まで作って、しかもそれを口にしてしまう私は、相当面倒な女だ。