第53章 初めて※
「・・・でも、たまには零が淹れたのも飲みたいです」
「たまにとは言わず、毎日でも」
コーヒーの入ったカップを手に取りながら呟くように言えば、笑みの含んだ物言いでそう返してくれた。
「じゃあ、朝は私で夜は零が」
「いいですね」
笑いながらこんな話ができるなんて。
昨日までの事を考えれば信じられない。
それでも現実として起きているのだから本当に不思議だ。
寧ろずっと夢の中なのではとさえ思う。
「・・・ただ、僕は居ない時も多々あると思います。その時はその分だけ、こちらを頂けますか?」
そう言って顎を軽く掴まれると上へと向けられて。
何を思う隙も与えられないまま、それは深く口付けられた。
「ん・・・ふぁ・・・っ」
脳も、思考も、何もかも溶けてしまいそうで。
零の服を掴んでその甘さに耐えると、彼の腕が後頭部と腰に回った。
コーヒーの香りに包まれながらするキスは、どこかその苦味も感じるようで。
あとこれから死ぬまで、彼に何度それを淹れることができるだろう。
できれば命が尽きるその瞬間まで、彼と寄り添っていきたい。
それは欲張り過ぎるだろうか。
「・・・ひなた」
唇を離し、小さく名前を呼ばれ小首を傾げると、また唇が重ねられて。
好き。
・・・彼が、好き。
貴方と出会わなければ、と思った日もあった。
けれどその思いは貴方に会えば消えてしまって。
貴方に会えて良かった。
貴方を好きになれて良かった。
「・・・零」
キスの合間に、求めるように名前を呼んで。
「愛してる」
それに答えるように彼がそう言って。
「私も・・・愛してる」
大きな遠回りをしたようだけど、きっとそれは必要なものだったんだと、今なら思える。
辛い記憶は消えることは無いし、きっとこれからも増えてくるのだろう。
それでも彼となら・・・零と一緒なら、なんだって乗り越えられる気がした。