第52章 居場所
途中で手を止めていた料理に、再度手を付け始めて。
盛り付けも、味も、何もかも彼には適わないかもしれないけど、それでも愛情だけは詰めに詰め込んでいる。
出来上がったそれらを早速、彼の目の前へ様子を伺うように差し出して。
「・・・これ、以前作ってくれたものですね」
それは彼が好きだと言ってくれたもの。
「覚えてくれてたんですね」
「勿論ですよ」
それが素直に嬉しくて。
こんな小さなことで幸せを感じる自分に、想像以上に単純な人間なんだと思うと同時に、単純な人間で良かったと安堵もした。
ーーー
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「零には敵いませんよ。また料理、教えてください」
綺麗になったお皿を見ては、また嬉しさが込み上げた。
こんな単純だけど幸せな日々がずっと続けば良い・・・そう思っていた。
それが難しいことを知るのは、もう少し先の事。
「・・・零」
食器を片付け終わり、ずっと脳裏で気にしていたことを話す為、彼を背後から呼んだ。
「どうされました?」
それに気付いた彼が、ソファーに座ったまま後ろを振り返り、笑顔で返事をする。
私は今からその笑顔を・・・壊してしまうかもしれない。
その恐怖から中々言い出せなかったが、そろそろ言わないと彼も・・・昴さんも心配するかもしれない。
「あの・・・」
彼に話をしたいから、スマホを貸してほしい。
・・・それが言えなくて。
言えばこの時間が、少しでも悪いものになってしまいそうで。
「これ、ですか?」
そう言いながら差し出されたのは、以前彼から借りていたスマホで。
それはあの時・・・忘れていってしまったもの。
「どう・・・して」
「連絡しないんですか?」
彼から笑顔は消えていない。
そしてそれは、悪いものでもない。
私の言いたいことを汲み取った上でそれを差し出していることに、戸惑いを隠せなかった。