第52章 居場所
この甘過ぎる空気に浸っていたいけれど、今はそうもいかない。
彼とは話しておかないといけないことが、沢山あるから。
「・・・兄のこと、ちゃんと聞いても良いですか?」
一番大きな、この黒い霧も晴らさなければならない。
例えどんな事実でも、受け止めなければいけない。
「・・・アイツは・・・」
そう言っては遠くを見つめたまま止まってしまって。
兄を思い出しているその横顔に、悔しさが滲み出ているのが痛いほど分かる。
ただ、彼の中に眠る感情は察することができない。
同じ警察官で、部下で、潜入捜査をしていて・・・そこで何が起きたのか。
兄はどうして死ななければならなかったのか。
「・・・零」
彼の顔がどんどんと険しいものになり、見ているこちらの方が苦しくなってくる。
「やっぱり、今すぐに話さなくても良いです。いつかで良い。零の話したくなった時に、話してくれますか?」
そう告げると、今にも泣いてしまいそうな表情を彼に向けられ、グッと胸が苦しくなった。
本当は今すぐに聞きたい。
けれど、それが彼を苦しめるなら、私も苦しい。
双方の首を絞めるなら・・・それは今でなくても良いと思えた。
「・・・話すと決めたんですけどね」
両手を組み、その親指の付け根辺りを額に押し付け項垂れた。
彼が話せない理由は、それが残酷な物だからなのか、単純に私へ話しにくいからなのか。
それとも、何か別の理由なのか。
「じゃあ質問を変えさせてください。赤井秀一に会って聞きたいことって・・・兄のことじゃないですよね?」
そう問うと、彼の肩がピクっと震えた気がした。
その瞬間、疑惑は確信へと変わった。
「・・・赤井秀一には、会って確かめなければならない事がある」
少し顔を上げた時に、前髪の隙間から見えた彼の瞳は、殺意以外の何物でもない、鋭い眼光を放っていた。