第5章 となり
「いえ、そうではありませんよ」
それを聞いて心底安心した。
ここは今の私にとって、とても大事な場所になっていたから。
「お休みといっても半月から一ヶ月程です。その間は事務所で特にすることはありませんから、ポアロの方へ行ってもらえれば、と思います」
「そう、ですか・・・」
長くて一ヶ月。
もしかするとその間、安室さんには会えないかもしれないと思うと寂しさが込み上げて。
事務所で働いている時が一番、彼の力になっている気がして落ち着いた。
それが少しの間でもなくなってしまうことが不安でたまらなかった。
「あ、あの・・・!」
少しの間考えて、一つの案を絞り出した。
「ペット探しくらいなら・・・私が受けても良いですか・・・?」
それが彼の為になるかは分からないが、今後彼の役に立てるのであれば。
そう思って、決意の眼差しを彼に向けて頼んだ。
安室さんは少し驚いた様子だったが、暫く考える素振りを見せた後、私に近付いて隣に座った。
「無理しなくて良いんですよ」
「無理なんてしてません・・・!」
今は何かしている方が楽だ。
それなら安室さんの為に動きたい。
伝えはしないけれど、目でそう訴えた。
暫くじっと見つめ合うと、安室さんが折れたように目線を外して、小さく溜息をついた。
「・・・分かりました。でも無茶はしないでくださいね。困ったらすぐに連絡ください」
「ありがとうございます・・・!」
ペット探しの依頼がくるとは限らないが、安室さんに依頼の電話があれば、伝えてもらうことを約束した。
「では、そろそろ」
安室さんが車の鍵をチラつかせて。
それを見て慌ててまとめた荷物を持って、靴を履いた。
階段を降りる前に、安室さんは何も言わず私の荷物の持ってくれた。
一言言いかけた私に、安室さんは笑顔で口元へ人差し指を当てて。
その仕草にドキッとしながら、出掛けた言葉を飲み込んだ。
駐車場まで向かい、車へ乗り込んで。
いつ乗ってもまだこの緊張は無くならない。
自宅まではほんの数分。
その間、鼓動は早いままだった。
「では、また依頼があればご連絡しますね」
「分かりました。それと・・・ありがとうございました」
「どういたしまして」
色んな意味での感謝の言葉を伝えるといつもの笑顔で返してくれて。
やっぱりこの笑顔が好きだ、と改めて思った。