第43章 二枚舌
「・・・・・・」
素直に「分かりました」とは言えなかった。
反発心があった訳ではないが、何処と無く納得ができなくて。
「それと・・・例の件、考えて頂けましたか」
その聞き方だと、恐らく引越しのことを言っているんだと思って。
「引越し・・・ですよね?」
「ええ、そうです」
それについての私の意思は固まっている。
先程、彼が小学校でコナンくんに言った言葉はずっと引っかかったままだが、それでも彼の元に居たいと思う意思は強かった。
あの時沖矢さんに伝えたことを思い出しながら、彼の目を見つめて。
「・・・透さんの事務所に、暫く住まわせてもらっても構いませんか?」
「勿論です」
私の答えを聞いた透さんはどこか嬉しそうに笑って。
ああ、今目の前にいる彼は・・・私の大好きな、安室透だ。
「僕もなるべく一緒にいるようにします」
「ありがとうございます。・・・ただ、もう少し準備がかかりそうなので、また改めて連絡して良いですか・・・?」
「分かりました」
そう言って頭にポンっと手を乗せられ、優しく撫でられて。
沖矢さんとは少し違う子供扱い。
彼からだと愛おしいと思うのは、向けている感情の違いなんだろうな、ともう一度確信した。
「今日はどうされますか?」
それはこの後、どちらに帰るか・・・ということで。
正直に言えば、透さんと一緒に居たい。
そうなれば事務所に行くことになるんだろうが。
「・・・すみません。早く引越しの作業を進めてしまいたいので、今日は・・・」
沖矢さんの名前は出さないように。
お互いそれについては触れないが、暗黙のルールようなものになっていて。
これが彼の言う、透さんが餌にかかった状態なら、明日にだってあの家を出たい。その結論はできるだけ早く出しておきたいから。
「残念です」
困ったような笑顔を見せられれば、こちらまで切なくなって。
一瞬、固めた決意が緩いでしまいそうになる。