第5章 となり
事務所近くの駐車場に車を停め、事務所まで歩いた。
外に出ると視線を感じるようで辺りを見回してしまう。
「大丈夫ですよ、僕がいますから」
不審な私の行動を見てか、安室さんが力強く言ってくれた。その大丈夫という言葉だけで気持ちが落ち着く。彼の言葉は魔法のようだった。
初めて上がる2階への階段。少しドキドキとしながら足を進める。
「どうぞ」
ドアを開けてもらい、中に入る。部屋は至って普通のワンルームといった感じだった。小さなソファーとテーブル、テレビとベッド。そして簡易的な炊事場とシャワールーム。あのビルの外観からは想像できなかった。
「ここの合鍵も渡しておきますから、使いたい時は好きに使ってください」
そう言いながら私の手をとって1つの鍵を渡す。なんだか秘密の鍵を貰ったようで嬉しかった。
簡単な仮眠室と聞いていたが、それにしては色々整っているし、普通に住めそうだ。
「適当に座ってください。コーヒー飲まれますか?」
「あ、私やります・・・!」
「大丈夫です、お客様は座っててくださいね」
背中を軽く押されて炊事場から離された。お客様という立場でもないと思うけど。
言われた通り、適当にベッドを背に床へ座った。ソファーは3人程度なら腰掛けられそうだったが、私が使うのもおこがましく思えて。
「お待たせしました」
コーヒーを持って安室さんが戻ってくる。
それをテーブルに置いてソファーに腰掛けると、私を見てクスクス笑った。
「適当に、とは言いましたけど。どうぞ、ここへ座ってください」
ソファーの横をポンポン軽く叩く。いつだったか前にも同じ合図を送られた。
あの時と込み上げてくる恥ずかしさは変わっていなくて。
「・・・失礼します」
そっと静かに腰掛ける。安室さんの熱が、存在が。隣から痛いほど感じて。顔は動かさず、そっと視線だけを安室さんに向ける。
コーヒーを飲みながらスマホを触っている。たったそれだけなのに、イケメンだとこうも絵になるものか。
小さなため息をつきながら、安室さんの入れてくれたコーヒーに口をつける。
「今後、何か変わったことがあればいつでもすぐに連絡してください」
安室さんからのその言葉にドキッとした。
思わず強ばった顔のまま安室さんに視線を戻した。
今朝、同じことを言われたばかりだったから。それもまだ小学生の少年に。