第5章 となり
家までの時間は本当に数分で。
いつもの場所で安室さんは車を停めた。
まだ安室さんといたい。今は1人になるのが怖かった。
でもこれ以上この人に迷惑はかけられない。何事もなかったように出よう。そう決めて車のドアレバーに手をかける。
「すみません、色々とご迷惑かけて・・・。ありがとうございました」
「ひなたさん」
名前を呼ばれてゆっくりと安室さんに視線を向ける。
「何かあったらいつでも連絡してくださいね。夜中だから、とかは無しですよ」
それを聞いてなぜだかまた涙が溢れる。
どうしてこの人はこんなに優しいのだろう。
涙を手の甲で拭いながら、再び安室さんの袖を掴んだ。そして声を絞り出すように言った。
「誰かに・・・見られていた気がして・・・っ」
伝えなきゃいけない。その瞬間にそう思ったから。
「見られていた?」
「私の気のせい・・・だったのかもしれないんですけど・・・」
実際辺りには誰もいなかった。でも。
「ただ・・・怖くて・・・・・・っ」
それだけ。そう言ってしまえばそうだったのだが。ただ、その恐怖は今まで感じたものとは比べ物にならないもので。
「・・・そうだったんですね」
何かを考えるように彼は目を伏せた。
「実は事務所の2階も借りてまして。ちょっとした仮眠ができる程度には整えてありますので、今日はそこで過ごしませんか?」
勿論僕もついていますので、と付け加えられた。
確かに事務所の2階はあったが、外階段だったため上がったことはなかった。
いや、そんなことより。
「そんなご迷惑かけられませ・・・!」
「ひなたさん」
言葉を遮られた。ただ名前を言われただけなのに、その言葉を使うなと言わんばかりの圧力。
「迷惑だなんて思っていません。もっと頼ってください」
むしろ頼り切っている。そう思ったが、小さく縦に頷くことしかできなくて。
「着替えなどが必要で家に戻られるようでしたら着いてきますから」
そう言って車を動かし、近くの駐車場に車を停めた。
その後、2人で自宅まで向かった。上がってくださいと声をかけたが、結局安室さんは玄関で私の準備が終わるまで待ってくれた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
いつもの笑顔だ。
さっきまでの恐怖は消えていて、今は安室さんといる安心感の方が強かった。