第5章 となり
結局その日はあれから上の空だった。
何とか仕事だけは無事に終わったものの、私の中に残った疑問は消えることがなかった。
「ひなたさんお疲れ様でした。家まで送りますよ」
「そ、そんな何度もご迷惑じゃ・・・」
「乗ってくれない方が心配で迷惑ですよ?」
そんな風に言われると断れない。
でも今、安室さんと二人っきりになるのはどこか不安もあった。
「では・・・お願いします」
「はい」
笑顔にまた鼓動が早くなる。
なんだろう、この複雑な気持ちは。
安室さんに好意を持っていることは間違いないと思うが、今朝のコナンくんからのメモでずっと引っ掛かりを感じている。
たかが少年が書いた一言で。
「・・・ひなたさん?」
安室さんの声で、暫く突っ立って考えていることに気付いた。
ダメだ、店は閉めたもののまだ仕事中だ。
「す、すみません・・・!ボーっとし過ぎですよね・・・すぐ片付けま・・・」
作業に戻ろうとしたところを、安室さんに腕を掴まれて。
一瞬状況が理解できず、再度そのまま固まってしまった。
「熱は・・・ないようですね」
そっとおでこに当てられる少し冷たくて大きな手。
鼓動の早さと運動が増して、心臓が痛い。
「大丈夫ですか?今日は無理しているように見えましたけど」
そんな風に見えたのか。
笑顔は絶やさず作業したつもりだったが。
「だ、大丈夫です・・・ちょっと考え事をしてただけで・・・っ」
掴まれていた手を半ば振り払うように安室さんから離れ、その場から一番遠いテーブルを拭きに行った。
あのままでは心臓が壊れてしまいそうだったから。
今の行動、不自然だっただろうか。
何か悟られてしまっただろうか。
できない人間だと思われただろうか。
・・・嫌われていないだろうか。
色んな思考が頭の中を駆け巡り、パンクしそうで。
「辛い時は言ってくださいね」
その言葉に思わず振り返った。
何事もなかったように作業を続ける安室さんの姿。
空耳だったのだろうか。
でも確かに聞こえた。
また私の中で分からない感情が増えていく。
今、私はどうしたいのか分からない。
ただこの人の力になりたい。
そう思っていることは確かで間違いない。
でもそれ以上に、もっと傍にいたいとも思っていた。