第38章 独占欲
「・・・善処します」
目を伏せて軽い笑みを浮かべながらそう返されて。
それを見れば、多分この言葉は聞き入れてもらえないんだろうな、と悟った。
「時間、大丈夫ですか・・・?」
そう尋ねると、透さんは腕時計に一度目をやった後に小さく鼻で笑って。
その笑みの意味を考えていた時、突然頬に手を滑らされた。
「キスをするくらいの余裕はありそうです」
言いながら近付いてくる透さんの顔に自然と体が身構えて。
こんなところで透さんにされてしまったら、我慢できる自信がない。
そう思った瞬間には、もう彼の口を両手で無意識に塞いでしまっていて。
「す・・・っ、すみません・・・!」
彼に誤解されたんじゃないかと不安になって、勢いよく手を離した。
「・・・嫌でしたか?」
「違うんです・・・!そうじゃ・・・なくて・・・っ」
少しだけ申し訳なさそうな彼の表情を見て、胸がチクリと傷んだ。
そんな顔をさせたい訳じゃないのに。
「お・・・抑えられなく・・・なりそうなの、で・・・」
朝から盛っている自分が恥ずかしくて。
顔を逸らして目を固く閉じた。
透さんの前では、どうにも我慢できなくなってしまう自分が時々いて。
そんな部分はあまり、見られて嬉しいものではないから。
「・・・では、これで我慢します」
数秒の沈黙の後、彼がそう言ったと思えば額に柔らかい感触を受けた。
それが彼の唇だということは、手に取るように分かって。
鼓動が早くなる感覚に釣られて、手まで震えてくるようだった。
「事務所への引越し、前向きに考えてくださいね」
彼の気配が少し遠くなったことを感じて瞼をゆっくりと持ち上げると、背中を向けて振り向く形で透さんが立っていて。
一瞬の処理しきれない出来事や言葉に、少し動揺しながら額に手を当てた。
「は・・・はい・・・」
間の抜けた返事をすると、いつもの笑顔を返されて。
そのまま彼は何も言わず、ゆっくりと部屋を後にした。