第36章 幸せな
「・・・ありません。透さんが思う程、悪い人ではないと思いますが・・・そういう感情を抱いたことは無いです」
それは本心。
寧ろ彼には噛み付いてしまうくらい、拒絶反応が出ている。
ただ、根っから嫌いという訳でもなくて。
ただどこかいけ好かなくて、デリカシーに欠ける人だということは分かっている。
「下心があると分かっていても、ですか」
握る透さんの手の力が強まって。
落ち着いているように見えるが、きっとそれは落ち着かせているんだと思った。
「私には、透さんしか見えていませんから」
それは彼にも告げた言葉。
いくら沖矢さんに言い寄られても、なびくことなんて絶対にない。
例え透さんがいなくなったとしても、それは有り得ないこと。
「残念ながら・・・」
彼の顔を覗き込むように顔を傾けて。
「私は結構、頑固なんですよ」
そういう私の顔を、少し驚いた表情のまま見つめられて。
数秒後にはちょっと情けない笑顔ができていた。
「・・・そうでしたね」
クスッと笑いながらそう言われれば、少なからず安心感が湧いてきて。
沖矢さんといることは、私にとっても、透さんにとっても、そして沖矢さんにとっても、良くないことだと再認識した。
確かに組織からの安全面で言えば幾分かマシかもしれないが、このままでは何かが大きく壊れてしまう気がして。
透さんはただ、沖矢さんから剥がして私を監視しやすくしたいだけかもしれないけど。
「・・・そういえば、一つ謝って頂きたいことがあります」
突然改まったように言われれば、体が身構えて。
「な、何ですか・・・?」
思い当たる節が多過ぎて、最早検討がつかない。
透さんの笑顔は変わらないけれど、目だけは笑っていなくて。
「言ってみてください」
この上ない意地悪な一言。
これで私が間違える度に、彼への嘘が一つずつバレることになる。
場合によっては危険行為になりかねない。
「沖矢さんに・・・何か言われたんですか」
急に透さんがそんなことを言い出すとしたら、彼が原因と考えるのが自然で。
あの時、電話で最後に何か言われたに違いない。