第36章 幸せな
「お待たせしました」
数分後、カップを持った透さんが戻ってきて。
置かれたそれには綺麗に澄んだ紅茶が入っていた。
紅茶が出てくるなんて珍しい、と思いながら、そういえば今日はコーヒーの香りはしなかったな、とも思って。
「いつもと気分を変えてみました」
カップを見つめる私の心を読んだように、透さんが告げて。
小さなピッチャーを手に取ると、それをカップに向けてゆっくりと傾けた。そこから出てきたミルクによって、紅茶は薄く色付いって。
「・・・ミルクティー、ですか?」
「ええ、ひなたさんに初めてご注文頂いた物です」
そんなことまで覚えてるんだ。
勿論、私が忘れることは一生ないと思うけど。
あの時は初対面で、最初はお客と店員という関係だったのに。
これも、彼が探偵だからだろうか。
「あの時は適当に選ばれていたみたいですけど」
「・・・そんなことまでバレちゃうんですか」
相変わらず気は抜けない人だけど、そういう所も含めて好きで。
「でも、美味しかったのは本当ですよ」
名の通り、涙が出てしまうくらいに。
「そう言って頂けて何よりです」
軽くスプーンで紅茶を混ぜ、どうぞと差し出されれば自然とそれに手は伸びて。
あの時を思い出すような気持ちになりながら、それを胃に流し込んだ。
「・・・美味しいです」
そう一言告げれば、自然と笑顔ができていて。
「ありがとうございます」
透さんの満足そうな笑顔を見れば、私も満足で。
幸せ過ぎて溶けてしまいそうだった。
そんな落ち着いた時間を過ごしながら紅茶を飲み終えた時、透さんが改まったように私の手を握った。
「透さん・・・?」
ひんやりとした大きな手に包まれた手で温もりを分け合って。
彼はどこか一点を見つめたまま、突然話を切り出した。
「・・・彼のこと、少しでも異性として見たことはないんですか」
これが所謂、嫉妬というものなんだろうか。
彼に本当にそういう感情があるのかは不明だが、今この時の目は真剣そのものだった。