第36章 幸せな
「・・・ハンバーグ」
炊事場に足を運んで気が付いた。
そこには綺麗にお皿へ盛り付けられたハンバーグが置かれていて。
「以前、約束しましたからね」
覚えてたんだ、と思うと同時に、鍵をかけたはずの心の隙間から沖矢さんの影がチラついて。
透さんとその約束をした後、最初に食べたのは透さんでは無く、沖矢さんの作ったものだったから。
「約束は透さんの家で、でしたよ」
自分の気持ちを紛らわすようにあの時を思い出して。
「ここは僕の第二の家みたいなものですから」
料理の乗った皿を運びながら透さんがそう答えた。
確かにそうかもしれないが。
本当の透さんの家で食べてみたかった。
恐らく叶うことはないだろうけど。
「そう、ですね」
彼がここに寝泊まりしている様子はあまりないけれど。それでも彼の言葉を否定しきるのもおかしいかと思って。
運び終えた皿を目の前に、座り込んだ。
相変わらず家で作ったとは思えない料理に思わず見入ってしまう。
一体いつもどこから料理を学んでいるんだろう。
「・・・食べないんですか?」
「あっ、いえ・・・いただきます」
まじまじと料理を見つめ過ぎてしまった。
慌てて手を合わせながら挨拶を済ませ、透さんの料理に手を付けた。
いつもこうなら良いのに。
もし自分がここへ住めば、こんな日が増えるかもしれない。
そんなこと叶うはずがないのは自分がよく知っているのに。
上手くいかない現実に、悔しさが込み上げて。
やっぱり悲観的な考え方は治せないみたいだなあ、なんて他人事のように思いながら箸を進めた。
ーーー
食事と入浴を済ませ、ソファーに体を預ける。
ここは自分の家と同じくらい、気を許せる場所で。
あの家はどうにも誰かさんのおかげで気が置けない。
今は敢えてその存在を思い出さないが。
「何か入れましょうか?」
「あ・・・手伝います」
炊事場で準備を始める彼にそう伝えたものの、それは軽くあしらわれてしまって。
ソファーに座っていて、という彼の指示に、大人しく従うことにした。