第36章 幸せな
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「・・・っ、ん・・・」
目を開けようとすると、隙間から漏れてくる光にそれを遮られて。
目を細め、手で光を遮断しながら、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
どこからかいい匂いがする。
それに釣られるように体を起こした。
いつだったか、これにも似たようなことがあった。
確かこの後・・・。
「目が覚めましたか」
・・・そう。こうやって声をかけられて。
「夕飯、食べられそうですか?」
あの時とほぼ同じ言葉。
沖矢さんとミステリートレインから帰り、あの家に住むことになった日。
状況は違えど、あの時と重なる部分がいくつもあって。
決定的に違うのは、目の前にいるのが透さんだと言うこと。
「・・・ひなたさん?」
彼の顔を見つめたまま、暫く固まってしまっていた。
それを不思議に思ったのか、透さんがゆっくりとこちらに近付いてきて。
「・・・・・・ッ」
それにとてつもない安心感が押し寄せて。
まだ重たさの残る体を動かし、彼の元へ走ってそのまま抱きついた。
「お・・・っと」
軽く後ろによろめきながらも、透さんは私を受け止めてくれて。
透さんの胸に顔を埋めながらキツく抱き締めると、彼は何も言わず、片手を背中に、もう片手で頭を撫でてくれた。
好き。
私の中に今ある感情はそれしかなくて。
彼が愛おしい。
掴んで離さない瞳も、溺れさせる唇も、優しい声も、少し冷たい手も。
全てが好きで好きでたまらない。
「・・・好きです」
思わず声に出てしまって。
でも不思議とそこに恥ずかしさは無かった。
沖矢さんとは違う。
そう自分へ言い聞かせるように呟いたのかもしれない、なんて思っては、また腕の力を強めた。
「僕もですよ」
優しい声で返されて。
この時間が永遠なら。
そう不可能なことを思いながらも、今の幸せを噛み締めた。
「あまり可愛いことをされると保てませんので、先に夕飯にしませんか」
そっと肩を掴まれ、優しく体から剥がされて。
彼の顔を見上げると、いつもの優しい笑顔があった。
「はい」
ちょっと情けない笑顔で返事をすると、透さんは笑みを深めて。
今だけは沖矢さんを忘れられるように、そっと心に鍵をかけた。